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先日のニュースの中で興味深い記事があったので紹介します。

 

関連リンク:塾の説明会で「小学校の授業なんてレベルが低くて役に立たない!」と言った母親に対して塾講師が言った一言が感動的…!

 

上記リンク中では、

塾は生徒の成績を伸ばすことに力を注ぎますが、学校は「人間的な成長」の場を生徒に与えている

と書かれており、一同業者としてとても共感しました。

 

学校という場はちょっとした社会の縮図です。

人間関係やトラブル解決法など勉強以外にも多くを学ぶことができ、その子の人格形成に多大な影響を与えるところだと思います。

しかし、だからと言って

「学校は人として成長する場なのだから、授業の質はどうでもいい」

と学校生活に重点を置くがゆえに、授業をないがしろにするのはいかがなものでしょうか。

 

今回は特に大阪の公立学校の授業の実態を調査していく中で気になったことをまとめていきたいと思います。

 

 

 

 

大阪府の公立学校について

大阪のすべての公立学校では、平成25年度からすべての教員・講師に対して「授業評価アンケート」なるものが生徒・保護者を対象に実施されています。

ちょうど橋下市長の時期ですね!

小学校では保護者が、中学校・高校では生徒と保護者(原則生徒自身)がアンケートに回答することになっています。

大阪府のホームページの「授業アンケートについて」では、このアンケートの実施の趣旨を以下のように記述しています。(以下は一部抜粋)

教員自身による評価や授業改善の取組みが教員の思い込みによるものとならないよう、子どもたちが授業をどのように感じたのか等を、生徒や保護者を対象とした授業に関するアンケート(以下、「授業アンケート」という。)により把握することで、授業が魅力的なものであったかどうかを客観的にとらえることができるようになるからです。

注目してほしいのは後半の”客観的にとらえることができるようになるから”という記述です。

このアンケート、個人の結果を見れるのはその学校の校長と教頭および教育委員会だけで

アンケート対象の先生本人は見ることができません!

結果として見れるのはアンケートの集計結果で個人的な結果は見ることができないのです。

一番結果を受け止めるべき本人が見れないので、何が良くて何を改善すべきなのか振り返りようがないのです。

では、このアンケートの本当の目的とは何なのでしょうか?

 

 

アンケートの本当の目的

このアンケートの本当の目的はズバリ、

「教員の人事評価と管理」

にあるのではないかと思います!

大阪府のホームページにある「授業アンケートへのご協力をお願いします」(リーフレット)[Wordファイル/592KB]では、

授業アンケートの結果は、校長が評価を行う際の資料の一つとして活用します。

と明記してあります。

ここで出てくる評価という言葉が怪しいですね。

このアンケートは授業そのものの改善に用いるというよりは「現代階における教員の人事評価として用いたいのではないか」

と考えられます。

現にこのアンケートの結果が人事異動や給料にも反映されているところもあるようです!

また、大阪府の教員による不祥事が連日メディアを騒がせていることから

「教員の素行を管理する」

という目的もあるのではないかと思います。

後者の目的は良いとしても

人事評価にアンケートを取り入れてもいいのでしょうか?

そして、本当にこのアンケートが授業の質の向上に役立つのでしょうか?

 

 

授業アンケートによる弊害

人事評価にアンケートを取り入れている可能性が高い大阪府の教員の中には

実際の教育現場で肩身の狭い思いをしている方もいるはずです。

生徒からのアンケートに関する脅しのようなものや、アンケートを気にするばかりに生徒の機嫌を取ることに重点を置いてしまいろくに注意もできないといったこともあるようです。

 

さらに、アンケートなので生徒の主観が大きく影響し、いわゆる「人気者の先生」のアンケート結果が高くなり

本来のその先生の授業の実力にさらに上乗せしたアンケート結果になってしまうといったことも起きています。

私自身学生のころ若くてきれいな先生の授業は楽しみにしていた記憶があります(笑)

アンケートの縛りによって本来のパフォーマンスができなくなってしまい、

生徒のためというよりはアンケートで良い結果を取るための授業構成やテスト作成になってしまうのではないか

と危惧してしまいます。

アンケートによって教員にとっては不自由な教育現場になりつつあることもまた事実です。

 

 

あとがき:学校の授業はいる?いらない?論争はまだまだ続きそう

学校の授業を向上させるために大阪府をはじめ、さまざまなところで良かれ悪かれ対策が行われています。

また、さまざまな教員が独自の工夫で授業を面白いものにしようと熱心に取り組んでいます。

「学校の授業はいる?いらない?」

という問いに対しての意見は現代階では十人十色で中には「いらない」と答える人もいるでしょう。

しかし、教員や講師にとって授業とはまさにアイデンティティそのもので、全く同じ授業をする人はその先生のほかにいません。

「授業がいらない」とは言い換えれば「その先生がいらない」と同義なのです。

非常に嘆かわしい事態です。

 

そうならないためにも教員・講師は「おもしろくてわかりやすい授業」をその人なりにとことん追求していかなくてはなりません。

そしてこれは決して達成することのない永遠の課題です。

この課題を放棄し考えなくなった時点で先生としては止まってしまいます。

確かに授業以外にもやるべきことはたくさんありますが、

先生たるもの生徒にとって「必要不可欠な授業」を追い求めてもらいたいと思います。

 

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